将棋の駒が何をモチーフとしているのかの定説ってありますか?たとえば歩兵は

将棋の駒が何をモチーフとしているのかの定説ってありますか?

たとえば歩兵はそのまま歩兵ですよね。
金将や銀将は有能な将軍みたいなイメージがあります。
桂馬はたぶん騎馬兵ですよね。
王将はもちろん王様です。

このへんまではいいんですが、香車や飛車、角行あたりはどういう人物なのかいまいちピンときていません。
車がついている駒は戦車のようなものに乗っている感じなんでしょうか?
角は本当に何なのか全くわかりません・・・今の所軍師ポジションが空いてるので、軍師なんでしょうか?

こういう感じで、将棋の駒がどういうものをモチーフとしているのか、定説はありますか?
mar**

#1

将棋の源流をたどるとインドに行きつき、そこから東西に分かれたことが知られています。
元々の将棋(チャトランガ)では、王、象、馬、車と兵の5種の駒があり、4人で遊ぶものだったとされています。(最初から2人制だったという説もあります。)4人制が2人制に変わるとき、車、馬、象、王と王、象、馬、車というのをくっつけたのですが、王が2つでは困るので、片方を家臣とか副官とかいった駒に変更しました。この構成は、東西に分かれる中でも共通です。車が舟の場合があるといったバリエーションはありますが。
ちなみに、チェスの場合英語では象に当たる駒にビショップ(僧正)の名前が当たっていますが、チェスがプレーされるヨーロッパ各国で呼び名が違っています。同じルールでもロシアではビショップに当たる駒はスローン(象)と呼ばれます。
将棋が中国に渡ったとき、8×8のマス目の盤だったと思われますが、中国人は囲碁にならったのか盤の線の交点に駒を置くようになりました。そうすると、王を中心として左右は対称になります。そこで、副官に当たる駒が王の両隣に置かれるようになりました。これが金将の元になった駒です。歴史上、元々は弱い駒だったのですが、日本ではほどほどに強い駒になりました。
銀将は象に当たる駒です。これの動きは各国の将棋類で異なるのですが、タイのマークルックでの象は日本将棋の銀将と同じです。日本では象になじみがないことと金将と動きが似てしまったことから銀将となったのではないかと思います。
桂馬は、騎馬兵ですね。動きの基本は各国で共通です。日本以外では、8方向に移動できるのが一般的です。また、例えば象棋では駒を飛び越えられません。
香車は、戦車です。馬にひかせて騎手や戦士が乗るもので、日本ではほとんど使われませんでしたが、世界各国で広く使われました。水路が多い海の近くの地域などでは、舟となっている例が多いようです。
日本将棋における駒名の一文字目は、香、桂、銀、金、玉となっており、当時の宝物でした。駒名に宝物を使ったのは、海外にルーツを持つゲームであることを強調する意味があったのではないかと思います。また、それらの意味を知る知識人層が日本将棋を形成する時期に主導的な役割を果たした証左でもあると思います。
飛車と角行は、海外の将棋の歴史から見ると、例外的な存在です。日本将棋に特徴的なのは、各駒の動きが小さいことです。海外の将棋では、香車に当たる駒は日本将棋の飛車と同じ動きをするのが一般的です。桂馬に当たる駒は、前述したように8方向(左右にも後ろにも進める)のが一般的です。飛車と角行がいないと、ねちねちした展開になり、ダイナミックさに欠けます。香車、桂馬、銀将の動きを強化するというのが一つの方法だったと思います。実際、他の各国ではそのような方法を取っています。日本将棋は他国の変化の波に乗らず、独自の進化をしました。それが飛車と角行の追加ということになると思います。ゲーム性を上げるための修正なので、飛車と角行には宝物の名前は与えられませんでした。飛車と角行のない時代の将棋が作られた時期と追加された時期に間があるのではないかと思われます。

日本でこれらの研究を行っている人としては、増川宏一、木村義徳らが有名です。海外ではH.J.R.Murrayの研究が有名です。興味があれば調べてみてください。

以上です。
歩兵•飛車・角行・王以外は人物ではないですが、金銀財宝貴重品を示しています。
金・銀はそのままで、桂は肉桂(ニッキ、シナモン)、香は香木。
ast**

#3

定説としては金銀桂香は財宝を表しているというのが一般的です。昔はシナモンなどの香辛料も財宝として扱われたのでしょう。ただしそれだと少しつまらないですし飛車・角行の意味を説明できていません。

ここではあえて上記の定説とは違う回答を探してみましょう。
さて王将・金将・銀将・桂馬までは質問者様の仮説が極めて自然なのでそのままで行きましょう。では残る香車・飛車・角行は何でしょうか。歴史的解釈に基づいて私の出した結論はこうです。
香車=チャリオットまたは槍兵
飛車=大砲
角行=斜めに向けた大砲

まず香車について考えてみましょう。
将棋は最初❶チャトランガ(インド将棋)から始まり、それが❷シャンチー(中国将棋)になって最後に日本に伝来して将棋になりました。初期配置で香車がいるはずの端のマスに注目して❶❷を見てください。
・❶インド将棋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%BC
・❷中国将棋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%BC
基本的に盤面の端にいる駒には「車」という名前が付いています。この位置にいる駒は伝統的に車であり、古代インドにおいて戦闘で使われる車というとチャリオットに当たります↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88
また日本将棋の香車はなぜ「香」が入るのかというと、まず日本将棋は駒再利用ルールを導入したことによって駒の動きを弱める必要がありました。それに伴って「車」という駒は十字からI字の動きに弱体化されたわけですが、このI字の動きは槍に似ているので、見た目が槍っぽい「香」という感じが当てられたのだと思います。現在でも高齢者では香車のことを槍(やり)と呼ぶ習慣が残っています。

次に飛車について考えていきましょう。
飛車は❷中国将棋の「砲」に由来していると推測されます(下の画像が中国将棋)。位置的にも飛車と同じ位置にあります。中国将棋において砲と車はいずれも十字に動けるのですが砲だけは特別で、相手駒を取るときには必ず間に別の駒を挟んでいる必要があります。これは大砲から発射された砲弾が遠くの場所に着弾するのをイメージしているわけです。したがってこの中国将棋に由来した日本の飛車も、大砲を意味していると思います。「飛ぶ車」というのは砲弾が飛ぶという意味なのだと思います。

最後に角行についてですが、こいつが難敵でした。なにせ❶❷を見ても斜めに無限に動ける駒は存在しないのですから。また角行という名前も何か戦闘で使う道具や役職を意味しているわけではなく、単に角(かど)のマスに行けるから角行というだけです。
こうなると❶❷のうち何かの駒が変化して角行になったという仮説が有力になります。そう見たとき❷中国将棋では角の位置にも砲があることに気付きます。中国将棋から将棋にアレンジする際に、この大砲を斜めに向けたら面白いんじゃない?ということで左の砲だけ「斜め十字」に動けるようにして角行になったのだと思います。左右反対の位置にある飛車が道具や役職を表しているのに角行だけ役職を表しておらず「かどマスに行ける」というただその点のみを強調した名前になっているのも、こういう経緯があったからだと思います。「大砲を斜めに向けてみた」それを言いたかったんだと思います。
ちなみに角行という駒は平安時代(1200年代)の大将棋などにも登場するのですが、はたしてその頃って大砲あったのでしょうか。なんとありました。それがまさに学校の歴史の授業で習った元寇(1274年)の時の武器「てつはう」です。「てつはう」は今でいう手榴弾(手で投げる爆弾)であり、これが平安時代の人がイメージした大砲=飛車=角行になります。

【余談】
角行は❶❷における象という駒から派生したという仮説も考えました。これは割とあり得ると思います。それと角行に関してもう一つぶっ飛んだ仮説としては、1500年頃のキリスト教伝来に伴ってチェスも日本に伝来し、そのビショップから斜めに無限に動ける駒(角行)の発想を貰ったという仮説を考えました。ただこの最後の仮説は平安時代(1200年代)に既に角行が存在しているという事実と食い違うのでボツ案になりました。